2009年09月02日

エヴァンゲリオン新劇場版Qに期待する事の一部(思いつき

全くまとまってないのでメモ書きのまま放出
さらに言えば俺は経済的な理由から「破」を直接見てない。
(ウィキペディア等であらすじを知ってはいる)
見たら変わるかもしれん、誰ぞつれていって・・・^^;

謎解きという言い訳でなくストーリーで
「男の生き様」を見せるタイプの話が
もっと増えて欲しい。

※表題 正しくは「ヱヴァンゲリヲン」

後述のミサトの台詞はそのまま受け取れば
他者を傷つける事を忌避しそのあまり他人に何も言えなくなる、ということだ

(もっとも、TV版エヴァはミサトの最期の態度でそこをフォローしてて
一応まとまってはいるんだけど、あれも「異性(母親役)に諭された」訳だから
ある意味で一番忌避すべき結論づけだし(加持さんだったらまだ良かったが)
今現在エヴァ新劇は完結してないから、
もし同じような展開になるのならば、あの部分をどう動機結論づけるかが一番大事だと思う)


それをそのまま許容すれば、自民党が選挙前にさんざんやった
「実力者の嫉妬であらかじめ結果が決まってしまう」という
事態を許容する社会になってしまう。

参考資料:北村弁護士の演説(0:50あたりから)
http://www.youtube.com/watch?v=uGWEv5nOEq4

それは避けなければならない。


序で出てくるハリネズミのジレンマの話のくだり。
ミサトの台詞「生きていくとは傷つかない距離を探る事だ」
→行動と矛盾する
(シンジ失踪時の態度、自衛隊侵攻時の最期の態度


人間は誰しもコピーであり模倣が出発点で
他人をリスペクトする事は決して悪いことではないが
日本人は「パクリ」と混同させられたうえ
「オリジナリティ」の尊さを強調することによって
それが悪いことのように洗脳されてしまっている

同性は同性らしさを補完してくれる存在、
すぐ「ウホッ」「アッー!」とか、ネタとはいえ
同性愛になぞらえて男の友情を
バカにする風潮(たぶん、言ってる本人達に自覚はないだろうが)は
全く唾棄すべき。


残念ながらエヴァ新劇場版の登場人物構図だと
加持さんの存在が限りなく弱くなってしまってるし
シンジの同性的な要素をもち、シンジを諭す役は
謎(ある意味では言行不一致が多いと聞いている)が多い
真希波・マリ・イラストリアスに託すしかない状況。

・・・異性に諭される?
それって物語における心理描写の社会的影響としてどうなんよ

さらに聞けば、対ゼルエル戦のあの
「シンジが自ら選び、奇跡を起こす」というシーンの
シンジの動機付けを
単純な異性間の色恋の話に誤解されるような
構図で動機づけてしまったと聞いている。
男は女にカッコつけなければならないのに、
動機が女に依存してしまっていると
男の自立を描く物語としては破綻していて、
社会的影響が致命的なものだと思う。

Qでこの辺は盛り返して欲しい。
・・・なんというか、マッチョとか批難されそうな気がせんでもない


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Posted by かた焼きそば  at 07:43 │Comments(0)時事ネタ

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